30th EP9

-前回のあらすじ-

箱でも家でも常にタンテの前に立ちっぱなし。見かねた彼女がDJの練習用に丸椅子をプレゼントしてくれて。クルクル回すと高さが変わるやつ。優しいな。

すごく大切にしてたけど長時間座るもんだから座面を支える鉄のパイプが折れちゃって。悲しみに暮れてると友達が溶接でがっちり復活させてくれて。これも優しさエピソード。

その椅子はね。今もうちに。RECの時にEGOが座ってます。

出逢いには連鎖があって。友達の友達。そんな日常的な出会いだったり。運命を感じるような偶然が同じタイミングで重なる事も。

箱にイベントの入ってない日は大抵そうで。その日も早い時間から歩いて行けるディゴバ のブースで新しいレコードを聴いてた。

オープン前にひとり。見かけない顔。オーバーサイズのダウンにバギー。ニットにティンバー。なにかこう確かめてるように。ブース前で軽く身体揺らしながら。いい雰囲気だった。ダンサーかな?

こういうタイミングで言葉を交わすのは当時の俺には珍しい事。なんかこう自然だったんだと思う。

「ここでイベントやるから来てよ」そういって手渡された手書きのフライヤー。グッと目を惹くタギングで「闇音符」と描かれてた。その自信に満ちた態度も絵になってた。「オッケー行くよ」。

で、なんのイベントだろ? 本人の名前も聞き忘れた。

俺はこういう「うっかり」多いんだけどそれが良かったのかも。予告編なしに映画を観るように。

年末だったかな。約束の夜、箱に入るとちょうど「今から俺たち演るから」と。ステージのないフラットのフロア。インストが流れフロアの中心に出てきた5人。ウータンのジャケみたいにフードにマスク。手にはマイクを持ってた。ラッパーだったんだ。

俺はその正面にいて。なんだろうこの感覚。それを確かめるようにそのステージに聴き入ってた。圧倒的で完成されたパフォーマンスにフロアがついていけてないようにも感じたかな。隣で茶化すアホには「だまっとけや」。その後も集中して聴いてた。

うん。この時に感じたのもそう。あの自信に満ちた態度は間違いなく「本物」だった。

この夜からほどなくして。

G SPOTの伊崎くんからレギュラーをやってほしいとの提案。レギュラーって何?ってとこから始まり。メンバーは「マッキンの自由でいいよ」って事で。当時の小倉は個々。DJはDJで。ダンサーはダンサーで。そういうイメージだったかな。

それまでパーティをやるって発想もなかったし初めての事。でも迷う事はなかった。先ずはソロモンとヤッチー。あとは「闇音符ってラッパーがいるから探してほしい」と俺から提案。

これは携帯が普及する前の話。

いくら狭い街でも人探しは干し草の針。そもそもこのうっかりボーイの俺が言う「闇音符」って名が合ってるかもわかんない。さすがに伊崎くんもマジで?って感じで。それでもそこが揃わなきゃ演らない。譲らない。

そんな話の最中だった。店のドアが開く音。バーカンから振り返ると「!?」そこにはあのラッパーが。彼の名前はQ。N9という2MCのひとり。

やっぱり名前間違ってた。

I&I